酷暑の名残
暑さがぶり返して蒸し暑い日になってます。北に在る前線に向かって生暖かい風が吹いて柿の葉がザーザーと音を立てています。
庭のアジサイが花一つで咲いています。小花を集めて房で咲くアジサイが小花を一つだけ。不思議な感じがします。
昨日は「少年H」、一昨日は「風立ちぬ」と2日連続で映画を観に出掛けました。映写が終わって館内を見渡すと、前者は我々世代のお年寄りが大半を占め、後者は子供連れの若い人が目立ちました。
観終わっての最初の感想は。何を描こうとしたのか極めて難解だった「風立ちぬ」。関東大震災、草軽軽便鉄道と軽井沢での菜穂子との出会い、謎めいたドイツ人カストルプの登場と会話、数値と計算尺と喫煙シーン、同僚本庄との会話、夢の中での美しい飛行機のフォルムとイタリアの設計技師カプローニとの会話、上司黒川宅での結婚式と短い結婚生活、飛行機の残骸がゴロゴロする草原で再び生きることを誓うシーン、、、等々丹念に描かれた怖く、美しい画面、繊細に描かれた群衆とそれと遊離したような主人公、が印象に残りました。脇役に多くの示唆(他の映画や音楽や小説を引用)を与えている感じもあって暫くは頭に残る場面、場面を反芻することになりそうです。
一方の「少年H」は主人公の少年Hとその父親の会話に全てが集約されています。仲良く暮らす商店街の人々が、学校が、そして子供たちが軍靴の高まりと共にバラバラになって行く様の怖ろしさを描き、敗戦後人間不信に陥った少年Hと言葉を出せなくなった父親が再び生きようとする所で終わってます。
片や大軍需産業三菱のエリート技術者、一方は商店街の洋服仕立てで生活する庶民家族を通して悲惨な戦争と敗戦直後を描いています。どちらも否応無く戦時を生かされ敗戦のどん底から又再び生きることを目指す所で終わっています。
時代なり自分の身に押し寄せる危険を脇役に言わせる「風立ちぬ」、一方、主人公そのものが時代に翻弄される姿を描く「少年H」。どちらも主題は、映画「風立ちぬ」の冒頭に出てくる堀辰雄「風立ちぬ」の題辞
Le vent se lève, il faut tenter de vivre.
(風立ちぬ、いざ生きめやも)
と言うことでしょうか。
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